加西は穏やかな風景のつづくまちです.
里山やため池, 田畑そして人家がほどよい距離感にあり, 農のある暮らしを何十年と繰り返してきたことが窺える土地です.
田圃には人が作物を育てる営み以外にもわたしたちの目には見えない営みがあります.
田圃の畦ひとつとっても, 人為的に作られた道ですが, 気脈として大切な役割を持っています. 畦に育つ雑草は土中の水分を引き出す役割を持ち, 乾燥を防ぎ, 生き物が育つ豊かな場所になっていきます. 小さな生きもののすみかを守ることは, 植物や動物, そしてヒトが生きるための礎がそこにあるということでもあります.
かつては農家の継ぎ手は長男という流れもあり, 次男である私は東京で働くことを選択しました. 主体的に酒米づくりに関われないながらも, 家業を盛り立てるために「ひとつの田圃からひとつの酒をつくる『一圃一酒』」の酒づくりを始めたのは2010年のこと.
『一圃一酒』に取り組むなかで, 望ましい酒米をつくるもとを辿れば, 健やかな野山を育みつづけることが不可欠だと知りました. 農に関わる必然性に直面し, わたしたちは, 加西へ戻ることを決意します. まずは父の酒米づくりを見て学び, 周囲の人の知恵を借りながら, 米づくりから酒づくりまで一年を通して取り組んでいます.
水と風の流れを意識し, 人の手が入らなくなってしまった里山を整える過程に出た植物を堆肥にし, 圃場へ撒く. 考えられる循環を試すなかで, 周辺の自然と調和し農事に勤しむことは, 里の個性を育むことに繋がると信じられるようになってきました.
里に訪れる人びとと, この土地が育む恵みを分かち合う稲見会や収穫祭, 野山の整備から出た杉の葉による杉玉の製作など, 一連の循環を共に体験する機会をつくっています. 土の感触, 杉の香りから自然のメッセージを受け取り, 野山が近くにある暮らしの円熟味を分かち合うことは農事に携わる者の喜びでもあります.
田や山を受け継ぎ, 手をかけるなか, 土や人との関係性に変化を感じはじめました. 次第に “次の世代にどう繋げられるのか” という考えが頭を過ぎります. 酒米づくりへの情熱はもちろんのこと, この里を次に繋げられるよう, 産地を育みつづけたいと考えています.
白の点 農事律
農業の日々を一年を通して記録し一冊の本として纏めました.
「白の点」は米を象徴する白と点. 点という単位が結びついたときに生まれる律動は, 農にまつわる1年を自然とヒトの相互関係のリズムで捉えることで「農事律」となり共振する.
白の点 ご購入|BUY open_in_new
INFORMATION
株式会社ten|ten, inc.
設立|2016年1月4日
代表取締役|名古屋敦
資本金|3,000千円
住所|675-2354 兵庫県加西市山下町2349-29
電話|0790-20-6376
事業内容|農業, 酒類の販売事業, 酒米の卸販売事業, 自社商品の開発・販売事業
PROFILE
名古屋 敦 NAGOYA atsushi
農家林家5代目. 山田錦の生産と自社銘柄『SEN』の酒づくりを酒蔵と協働でおこなう. 酒米農家として茨城, 長野, 山形, 兵庫の酒蔵と直接契約し, 蔵元との対話を大切に山田錦を届けている. 2021年地域の同志と農業法人を設立し, 持続的な農業の在り方を模索している. また, 日本酒や農産物を直接届けるため, 2017年に店舗を構える. 店舗では稲見会, 収穫祭, 野山と里の関係を伝えるために「杉玉づくり」のワークショップを行いながら, 野山と里に暮らす人々の媒介者を目指し, 日々奮闘している. (撮影:本多康司)